ひと日の暮れに灯される
街のいとなみが
ひしめく屋並みのその上に
ぼんやりと みなぎる頃
狭霧にやわらぐ宵の口
黒く固まる富山の裾に
蒸気で出来た 巨きな巨きな白鯨が
何か紛争でも飲み込んで
膨れた腹を乗せている
中でどんぱちやる度に
鯨のあぎとや胸や腹 時々どかんと一発あれば
暗い青銅の花瓶に落ちた ビードロ色の空の中
巨きな体の全体を 白くまた赤く光らせる
見ろ、今宵は街の灯が
仄白い霧に 体を借りて
自由な脚で 低い空を闊歩している
山を登り 寄り集まって 皆
あの白鯨に成れるのだと思い込んでいる
けれども 街のいとなみは
やがて疲れて狭霧を離れ
我が家の窓へと帰っていく
夢を眠りに閉ざした街!
彼等は 登山の続きを夢見る
人の様に息吐く木々の根の間を
湿った黒い土の上を
感じつつ 自在に登ってゆき
高く開けた星見台から
白く柔らかな衣のひだで
はためき 星の間を流れゆく夢を
触れ難く灼熱する 痛悔のの焔が
ついに我が身を取り込む夢を
ひと日の暮れに灯される
街のいとなみが
すっかり消された 家々の屋根に
銀色の五線譜が引かれる
まっさらな総譜を
まっさきに 小鳥のトリルが走る。
+ + + + + + + + +
水を失くした泉はやがて
底を崩して虚無となる
尚も君が落とした後悔は
何れ私を蘇らせるネクタル
×
夜が帳をあけないように
帳の裾に ナイフを突き立てた
けれど
結局 酷い切れ目を残して
夜は明けるんだ
×
別れの言葉に意味なんて無い
どうせまた どこかで出逢うんだから
×
其れは 寂しいたがいの色
其れは 悼ましい別れの色
其れは 僕らの魂の色に似ている
×
全ての事象は僕等に触れて
それぞれの真実になる
×
僕は神様が「居る」と信じているのではない
「在る」と確信している
×
その愛に、感謝と尊敬の念を持つこと
この、神と人との正しい関係が
人を苦しみから救う
×
まことの言を利く口
まことの言を聴く耳として
傷口ははたらく
×
船乗りたちは常に 追いつけないと同時に
水平線を得、抱かれ続けている
それが自由の姿である
×
主観と客観の完全な一致
それこそが全知、天に導くもの
×
気付き痛悔し告白し懺悔する
これはとても幸いな事
×
僕はうたおう この世を美しいと
巨きな肢体の脈を経巡る
鮮血のひとしずくとして
×
燃えろよ 僕のエレメント
あかるく 熱く 閃いて
お前を鎖す 硝子の箱を割れ
×
束の間の空間、殊に記憶に残る一番悼ましい空
此の一枚の記憶は、答の集約されたテキスト、否、
テキストと呼ぶには詩的なあの画は
一冊のバイブルである
×
芸術とはステンドグラス
芸術とは、神の光に十字を切る仕草
×
自由に出入り出来ないから
その部屋は牢獄だった
鍵を失くしたから、住人は囚人だった
開け放たれれば、ほら
何処だって 帰る家なんだ
×
ああ、もっと胸を砕いて下さい
その悲しみを僕にも下さい
僕はあなたの人性として泣きます
だから おや? 持っているじゃないか
そうか、これがあなたの欠片だったのか
僕は胸が張り裂けそうです
×
鳥よ鳥よ 戻って来い
お前が要れば この孤独ですら素晴らしく
愛おしいものであったのだ
戻って来い
岩の裂け目の谷底で
死肉を貪る犬と姿をやつした君よ
君の魂は岩陰にもたれリラを弾き
狐牡丹の燃える花弁を散らしている
ほら、一つになって、此の肋骨の内側に
脆い鳥籠の内側に
戻って来い
僕はまだ首輪を断ち切れない
罰とすると酷く 試練とすると
あさましい己に 顔を背けたくなる
×
+ + + + + + + + +
「Orgel」
空箱のねじを回す
何か奏でるのを待ちながら
焼け焦げた 灰色の箱は
傷んだ錠を掛けたまま
鍵の在処も解らずに
唯、ネジを回す
静かに 静かに 焼け肌を
崩さぬように 偲うるように
空箱のネジを回す
何時か 鳴った気がするの
(棘の抜けた音ではないの)
空箱の ネジを回す
何か奏でると 待ちながら
×
運命を描く振り子の刃は
不幸を目前に置きながら浸食を許さない
他人の焚くか細い炎は
その傷口を焼いて、血流も出血も止められない
私は判決に苛まれながら、受刑を繰り返す
堕ちる迄、あの虚無を称える大穴に堕ちる迄
×
潮風に白保を翻し
船は港を後にする
後に名残を残し
私はその纜で痛めた指を隠し
船へ手を振る
割れた小瓶の在処も知らず
×
私が夢幻に儚い者なら
光は容赦無くこの庭を奪ってゆくだろう
唯、あの馬車も眠りに就くのなら
今は私もまた、夢に還るだけなのだ
人の望みは愚かしい? それなら全てが下らない