貴方は貴方の世界のアプラクサスだ、とユングさんも言っておりました。
アプラクサスには頼ってはいけない、逃げてはいけない、抵抗してはいけない、唯翻弄され自分の生を生きる。
だから私は私のアプラクサスの意のままに変な絵を描きます。
悪魔や得体の知れない妖精などの力を借りる魔法使いは、教会からは敬遠されています。
でも0は「お前はもう死んでいる」の意味で十字架をバンバン着けています。
(十字架は勝利の証)
関係無いけど、良い歌だなぁと思って撮りました。
正直他にも本の ここ良いな って思った部分は写メってます。
薪樵ることは昨日に尽きにしもいざ小野の柄はここに腐たん
この感性の自由さや奔放さは現代の人には無いよねって。
予備知識0だと全く歌意のわからない歌も有ります。
眠い‥、とうとうスレッドが埋まったので新スレに移行するんですが、新スレ用の絵を描こうと思います。誰が良いかなぁ。
少し寝てから考えます。
追記
※以下は詩ではありません。読み易くした散文です。
栄光へ続く階段は
冷たい石の階
よく見れば朽ち果てた
骸の山
骸は他人だったり自分だったりする
冷たく冷え切って嗚咽している
彼等を正しく葬る為に出来る事は
自分の栄光を優先して唯踏みしめていく事だ
振り返らず
栄光へ向かう者が有って初めて
彼等は「栄光の階」と呼ばれる事が出来るのだから。
私は骸の山を登る
自分の、他人の遺恨を踏みつけて
同情などしない、それが彼等の役割だから
可哀想だと立ち止まらない、それは彼等の存在を見下げ愚弄する行為だから
そして私は君達を、栄光の向こう、クシアへと導いてあげる
そんなつもりで上っているから。
栄光の石階は、冷たく硬い骸の集積
正しく屠る足取りで足をかけたのは、もう遠い少年の頃の話。
Confinement思い出したので書きました。あれは小説なのかと訊かれたら違うと思うと答えます‥。
追記
おお、なんと、七原様改めとい様から、イラストの所有権を頂きました‥!!
Xに上がっていて、「うわぁ何これ可愛いぃぃ~」って無断でダウンロードした旨を本人に伝えたら(無断とは)、普通にあげるよ!って事で‥。
ついででは嫌なので、明日の日記に載せさせて頂きます!!
ああ、コミュ障過ぎてパーソナルスペースぐちゃぐちゃ過ぎていつか なんやこいつ と思われて嫌われないか心配です‥。(心配なのでなるべく距離を詰め過ぎないようにしている現在 でも気になる事はずけずけ聞いてしまう‥。)
ミロス・キャンデロロだった頃の私とは別の人みたいに借りてきた猫みたいになってますからね。
此処に来てくれる人の大半はミロスとしての私に会いに来てますね。
飛礼に会いに来てくれる人もいますが、別に多重人格とかじゃなくて、その名前の背負った性格みたいなものが有るんです‥。きっと共感する人は一定数居る筈。
まぁ此処はミロスが作ったサイトですからね。私も旧友に会いたいです。
でも、新しく飛礼と出会って仲良くしてくれている人達とも会いたいです。
でも、皆に朗報が有る‥、私はもう、メンヘラではない。
脱しました。いやもうメンヘラ時代にだけは戻りたくない‥。
あれは自分で自分の首絞めるのが趣味な感じの逃げの衝動ですから。
自分の価値を他人に投げる他力本願の察してちゃんかまってちゃん、努力しないから何もないのに自分は無条件で不運だとか不幸だとか避けられるとか言って、努力する人を羨み時には妬みの気持ちで嘲笑する。
自分が努力する事は無いから他人を下げて自分の承認欲求を満たして安心する、そんな人種、メンヘラ。
多分、純正のメンヘラという言葉が無い前のメンヘラはそんなことなかったんです。
生きる為に体を傷付けていた、心の痛みをどうすることも出来ないから体の傷の痛みで誤魔化し誤魔化し生きていた。
血塗れの腕で努力をして、だからこそ何かになれた、それが純正のメンヘラだった気がします。
今のは唯の努力しないかまってちゃんで察してちゃん。根本的に違う。
私は純正メンヘラから最近のしょうもないメンヘラに一時期なっていましたが、1年でスパッと辞められました。
それはバネっちが発端だったけど、普通の人は最愛の推しが出来たからって此処まで変わらないよねって‥、単純に彼を鏡にして自分と向き合い続けた私の成果だと思います。
ゲトバはきっと、人生のどこかで必ず出会う仕組みになっていたんだな‥、今何故か周囲にゲトバ情報が集まっています。(くじ関係無しに)
やはりツインレイだったか‥。
名前で性格がちょっと変わるよ、って話からバネっちはやはり私のツインレイだったのだってところで着地する謎の文章でした。
汐女はエログロい名前なのでオエビで使ってて良いのかなって思いつつ使っています。
(何故エログロいのかはご想像にお任せ)